陸上画像 有森裕子

陸上画像のトップは有森裕子です。岡山県岡山市出身。同市の私立就実高等学校、次いで日本体育大学を卒業。学生時代までは無名で、半ば押しかけのような形でリクルート陸上部に入部し、小出義雄の指導を受けた。1990年の大阪国際女子マラソンがマラソン初レース。2時間32分台の記録で6位に入賞する。この記録は当時の初マラソン日本最高記録であった。1991年の同大会で、2時間28分台の日本最高記録を樹立(2位)。一躍日本のトップランナーとなる。

1996年アトランタ五輪女子マラソン本番での有森は、優勝したファツマ・ロバ、2位のエゴロワに続いて競技場へ入る。4位のカトリン・ドーレにゴール直前で追い上げられたが、逃げ切って3位でゴール、銅メダルを獲得した。二大会連続のメダル獲得は、日本の女子陸上選手で初めての快挙である。また、このレースの終盤では前回に続いてエゴロワとの激闘を繰り広げた。

ゴール後のインタビューで「メダルの色は、銅かもしれませんけれども……、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思っていないし……、初めて自分で自分をほめたいと思います」と涙ながらに語った姿は感動を呼んだ。「自分で自分をほめたい」という言葉はフォーク歌手高石ともやが書いた詩の一節を引用したもので、この詩を初めて聞いたとき涙を流して感動し、いつかこの言葉を言いたいと暖めていたもので、その年の流行語大賞に選ばれた。

1999年、2年8カ月ぶりのマラソンとなったボストンマラソンで、2時間26分台で3位入賞。この記録が有森の自己ベストである。翌2000年の大阪国際女子マラソンに出走、シドニーオリンピック代表を目指したが、体調万全で臨めず9位に終わり、五輪3大会連続出場はならなかった。そのシドニー五輪本番での有森はTVゲスト解説者として出演、かつてリクルート所属時の後輩だった高橋尚子(当時積水化学所属)の優勝を見届けている。翌2001年の東京国際女子マラソンで、一旦休養を宣言する。2004年のアテネオリンピックでも、TVのマラソン実況解説者として野口みずきの優勝を伝えた。

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