陸上画像 アベベ・ビキラ

陸上画像アベベ・ビキラの紹介です。
アベベ・ビキラ(Abebe Bikila, 1932年8月7日 - 1973年10月25日)は、エチオピア出身のマラソン選手で2度オリンピック優勝した。

エチオピアの首都郊外のモウト(Mout)のキリスト教徒の両親の元に生まれ、ハイレ・セラシエの親衛隊の一員(階級は軍曹)になった。1960年のローマオリンピックにエチオピア代表として参加した。偶然に靴が壊れたため(さらに現地で新しい靴を買おうと思ったが自分に合うものがなかったため)裸足で参加したアベベは、当時の世界最高記録の2時間15分16.2秒で優勝した。1937年から1941年までイタリアに侵略、占領されていたエチオピア国民は、アベベの優勝に熱狂し、アベベはエチオピアの英雄となった。軍隊での階級もこの功績により将校に昇進している。又、マスコミには裸足の王者と呼ばれた。このレース前にはアベベは全く無名の選手で、ゴールのコンスタンティヌス凱旋門に入ってきたとき各国の報道関係者も「あれは誰だ」と騒然となった。この快挙を可能にしたのは、スウェーデンから招かれたコーチのニスカネンが指導した高地トレーニングであった。(国土に高原地帯が広がるエチオピアでは国内で高地トレーニングができた)アベベの成功は高地トレーニングが広く取り入れられるきっかけとなった。

4年後の東京オリンピックでは、競技の6週間前に盲腸の手術を受けたため、十分な練習期間を取ることは出来なかった。しかし、アベベは、再び2時間12分11.2秒の世界最高記録で金メダルを獲得した。近代オリンピック史上、マラソンの連覇は初めての快挙であった。また、それ以後アテネオリンピックに至るまで、オリンピックで世界最高記録を樹立したランナーは出現していない。アベベは東京オリンピック以外では、1961年6月に大阪で行われた毎日マラソン(びわ湖毎日マラソンの前身)出場のために来日しているが、この時はコースに入ってきた大群衆や対向車線の車、オートバイ、それに気温27度・湿度77%という悪条件が重なり、レース中に立ち往生するというアクシデントもあって、優勝はしたもののタイムは2時間29分27秒と平凡だった。

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